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3月31日(月曜日)・コメント欄
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★田中一郎さん

「つげ義春日記」で、つげ義春さんが、淀川さんぽさんが来訪されたときのこと書いておられますが、大きな声で芸術論をぶつので閉口したとか書かれていたと記憶しています。

さんぽさんからは、つげ義春さんが引越しをされたとき、引っ越し祝いとして時計を持っていったとか聴いた記憶があります。置時計だったのかな?

淀川さんぽさんについては、長井勝一さんの自叙伝「ガロ編集長」でも触れられていました。

山上たつひこさんの大阪在住時代、さんぽさんがアシスタントをされていたそうで、「光る風」の便所の汲み取り口からの脱出をはかる場面だったと伺ったことがあります。

山上たつひこさんの「旅立て!ひらりん」にも、壁の落書きかなにかで小さな細かい書き文字でなんやかんやと書かれているコマがありましたが、淀川さんぽは何々云々というようなことが書かれていました。
朝日ソノラマのサンコミックス版ではそうなっていたと思いますが、その後、刊行されたのではどうなっているかはわかりません。

今日は仕事が休みで、「笑っていいとも!」の最終回を観ることができましたが、そういえば、初期の頃の「笑っていいとも!」の日曜日の増刊号は、ただ単に総集編だけの放送ではなくて、嵐山光三郎さんが編集長と称して出演されている日曜日版のみの部分もあったなと思い出しました。

嵐山光三郎さんが編集長となり「ドリブ」という月刊誌が創刊されましたが、その創刊号に、淀川さんぽさんが、五輪真弓さんなど何人かの芸能人の似顔絵イラストを描かれているのを見た記憶もあります。
似ていないと思いました。

阪神タイガースが何十年ぶりかで優勝した年、特集した雑誌に、阪神タイガースの優勝を扱ったマンガを川崎ゆきおさんが描いておられましたが、その似顔絵も似ていないなと思いました。

そういえば、今日は、川崎ゆきおさんの誕生日ですね。
おめでとうございます。

マンガ同人会で知り合った女性と一緒に、川崎さん宅に誕生日プレゼントを持って行った記憶がありますが、誕生日を覚えているのは、早生まれのギリギリだなぁということが印象に残っているからです。

4月1日生まれまで早生まれなので、4月2日生まれの同級生とは1年の差が出てしまいます。
私も3月生まれなので、早生まれは不利なところがあると、なかば実感、なかば言い訳にしているところがあります。

似顔絵が似ている人の代表者は、和田誠さんかと思えますが、コンビニで立ち読みした「週刊文春」の今週号の阿川佐和子さんの対談のゲストが和田誠さんでした。

ひとりが絵の半分を描き、もうひとりがそれに絵を描き加えて完成させるという手法の作品の展覧会を5月に安西水丸さんと開催されるということを和田さんは楽しそうに語っておられていて、さびしく思いました。

上の画像は、文春ビジュアル文庫の「マンガ黄金時代'60年代傑作選」の目次ですが、淀川さんぽさんの作品も収録されています。
私はこの当時のマンガを好んでいます。

以前、田中一郎さんが生きる意味を考えておられるというとき、自分はどうしてここにいるのと歌っておられる岡林信康さんの「26番目の秋」を、ここで紹介させてもらいましたが、あとで聴いてみたら途中までで気になっていました。
最後まで歌っておられるのが、ユーチューブにありますので、今日は、それを紹介させていただきます。
「28番目」と違った表記になっていてたので、あのときはこちらを選びませんでした。


by hitcity | 2014-03-31 18:23 | Comments(0)
コメント欄(「アメリカン・スプレンダー」予告編)
★又六さん

又六さんが書いておられる映画、知らない題名ばかりでした。
タウン情報誌の「プレイガイドジャーナル」や「ぴあ・関西版」などで、上映中の映画を、短い文章で紹介しているページがあったので、映画を観ないでも、そういう映画があるのかという情報だけは入っていましたが、現在は、そういうのを見る機会がなくなりました。
インターネットで、そういうのを見ることができるのかもしれませんが。
映画を観に行った際に入手するチラシと予告編で知るので、ここのところ映画を観に行っていないので、どのような映画が上映されたているのかも知らないでいます。

ボクシング映画の「シンデレラマン」を観たあと、マネージャー役のポール・ジアマッティが、「アメリカン・スプレンダー」の主演だったことを知りました。
全然ちがったキャラクターだったので、気がつきませんでした。

★田中一郎さん

映画「アメリカン・スプレンダー」を観たあとで購入した原作のマンガの本、以前、田中一郎さんにお貸しして、簡単な線描きによる絵コンテを複数のマンガ家が絵にすると言ったところ、田中一郎さんは興味を抱かれている様子でしたが、予告編の50秒あたりで、どのような絵だったのか見ることができます。

主演の男性、マンガのキャラクターにソックリですね。


by hitcity | 2014-03-30 22:11 | Comments(3)
コメント欄(8ミリフィルム映画「ねじ式」)
★田中一郎さん

「白夫人の妖恋」は観たことがないですね。
ケーブルテレビで、昔の日本映画を、しばしば観ていましたが、経費削減のためケーブルテレビをやめてしまいました。
かつては、山田風太郎さん原作の「風来忍法帖」の映画化作品が放送されるというので、1箇月だけ、オプションのチャンネルに加入したこともあるのですが。

●【発掘チラシ大全集】 喫茶オメガの3本立て上映会  8.21.
http://hitcity.exblog.jp/14440316/

で、私が出演したその8ミリフィルム映画のチラシを紹介しています。

喫茶店での上映で、そんなに多くの人が観たわけではありませんが、上映後、梅田を歩いていると、周りにあの映画を観た人間がいるかも?と、恥ずかしくて歩いていられないような気持ちになりました。
そのとき、もう、人前に顔をさらすことはしないぞと誓いました。
以後、その誓いを守ってきました(ジャンケン大会を除く)。

淀川さんぽ監督に連れられて、小劇団が男性の演劇の先生に指導を受けている場所に行き、参加したこともありました。
さんぽさんは活動的でしたね~。

喫茶オメガで同時上映されたアニメ映画「ねじ式」のラストに「企画 淀川さんぽ」と御名前が出ていますが、さんぽさんが、つげ義春さんに許可を得るために出した手紙に対する返事の手紙を見せてもらったことがありました。

便箋2枚に、ていねいに書かれた手紙だったと記憶しています。
「月刊漫画ガロ」に連載されていたさんぽさんですが、長らくマンガは描いていなくて、つげ義春さんは、マンガを描くように勧めておられました。
大阪には川崎ゆきおさんもいますねとか書かれてもいました。

つげ義春さんのマンガ「枯野の宿」をアニメ化したいと、つげ義春さん宛に、さんぽさんは手紙を書いていて、それを投函する際、つげ義春さんに届くのかぁと、その封筒をポストに入れさせてもらったこともありました。

さんぽさん宅で、田中一郎さんが、その8ミリフィルムのアニメ映画用に絵を描いておられるところを見学に、一度、うかがったことがありましたね。

「枯野の宿」が収録された講談社文庫のページを開いて、それを模写されていたのでしたっけ?

あれは完成しなかったのでしょうか?

「ねじ式」のほうは、ユーチューブにありました。




三角矢印をクリックすると「この動画は存在しません。」という文字が出てきましたが、ユーチューブでは観ることができるのですが~。

●ねじ式 つげ義春 1968 Screw Style
http://www.youtube.com/watch?v=ck4SZi7jxAM
by hitcity | 2014-03-30 22:04 | Comments(0)
3月28日(金曜日)・コメント欄(百貨店の漫画展)
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★田中一郎さん

百貨店のマンガ展の石井いさみさんの公開スタジオのときだったのでしょうか、石井いさみさんが昼食をとりに行かれることになり、その様子をそばで拝見していましたが、石井いさみさんが、百貨店のスタッフの若い女性を食事に誘っておられました。
そのことを記憶しています。

とりいすかずよしさんの公開スタジオの記憶はないですね。

たいてい、そうした百貨店での漫画展には行っていたのですが。

ゆでたまごさんの自叙伝「生たまご」を読んでみたら、中学生のころだったのかな、応募したマンガが入選して、近鉄百貨店・あべの店での漫画展で展示されたというようなことを書かれていて、それを見たような記憶がありました。
ページ物のマンガだったような気がするのですが。

その時の漫画展で拝見した平田弘史さんのカラーの生原稿が素晴らしくて記憶に残っていて、川崎ゆきおさんの「ライカ伝」刊行記念サイン会が阪急ファイブの駸々堂書店で開催されたとき(その前週に、わんだ~らんど書店でもサイン会があったとのことでした)、そのときは自分を含めて7人のサイン客が来ていましたが、うちのおひとりが、その漫画展を企画されたのだったか、関係されているかただと、サイン会のあと喫茶店で話しをしたときに伺いました。
平田弘史さんのその生原稿を見せると、原画展に参加をうけてくれる漫画家のかたが多くいたとか言っておられた記憶があります。
7人のサイン会の客のうちのおひとりが、高取英さんでした。

近鉄百貨店のその漫画展での手塚治虫さんのトークショーがあり、いくつかの手塚治虫さんのキャラクターがモノクロで印刷された色紙が販売されていて、サイン会でそれにサインをされる予定だったところ、お仕事の都合で中止となりました。
その際、手塚治虫さんの関係者の背広姿の男性が、手塚治虫さんのかわりに自分が「手塚治虫」とサインをしますと、お客さんに呼びかけていました。
そういう影武者も存在していたのですね。
本人ではないのでサインを求める人はいなかったように記憶しているのですが。

佐藤まさあきさんの公開スタジオのときのサイン会でも、佐藤さんが描いたモノクロの影男の絵が印刷された色紙にサインをされるというものでした。
この時は、その絵に、佐藤まさあきさんが水彩絵具で着色をされることしになりました。
着色を最初にされた際、色紙のその紙には絵具がのらず、困った佐藤まさあきさんが横にいる百貨店の若い女性に何か説明をされているようでした。

このとき、佐藤まさあきさんは和服でしたが、「劇画私史三十年」によると、洋服が汚れたのかなにかで、急遽、着替えが必要となったが、サイズが合わず、和服になったとか書かれていました。
そのとき、手塚治虫さんから、いつも和服なの?とか訊かれたとか書かれていたように思います。

佐藤まさあきさんの「『劇画の星』をめざして」という自叙伝は抜群に面白くて、読了すると同時に、また最初のページから読み返したものでした。

佐藤まさあきさんの「『堕靡泥の星』の遺書」という、御自分の女性遍歴を相手の女性を当時撮影した写真を添え実名入りで書かれた回想録があって、この本は現代の奇書だと思っています。

この前、まんだらけ梅田店に、赤塚不二夫さんの生原稿を買い取ってもらいに行った際、3000円で売られていました。

あと、心斎橋の大丸百貨店・南館で漫画展が開催された際、のちにテレビ番組でライオンに腹をかまれて話題になった落語家の桂小軽さんの司会による上村一夫さんと谷岡ヤスジさんのサイン会があって、おふたりにていねいに絵を描いていただいたこともありました。

心斎橋の大丸百貨店での漫画展だったと思うのですが、チャリティで企画されたものがあって、その時、つげ義春さんの生原稿が展示されているのを拝見した記憶もあります。「チーコ」だったかな?
「夏の思いで」に登場するチャリティ漫画展参加という理由でもらったという賞状は、そのときの漫画展に関してだったのかなと、のちにそのマンガに接した際に、思い出したりしました。

あと、百貨店の漫画展での手塚治虫さんのサイン会に、高校時代、同級生と行き、私は、たいてい最後まで様子を見て居残るのですが、同級生は興味がないようで、しぶしぶ帰ることになったのですが、あとで発行された「週刊少年ジャンプ」の表紙に、その時、居残った5人ほどの少年少女が手塚治虫さんと一緒に映っている写真が使用されていたことがありました。
当時の「週刊少年ジャンプ」は、そうしたマニアックなところのある雑誌でした。

地下街の虹のまち(現・なんばウォーク)が、御堂筋線の難波駅と四つ橋線の難波駅の間にしかなかったころ、マンガ家のサイン会があって、水島新司さんのときと、さいとう・たかをさんと永島慎二さんとのおふたりのときに行きました。

色紙に丁寧に絵を描いてくださるのですが、永島慎二さんは時間がかかり、スタッフから何か言われ、そのあと、私の番になって、スタッフが、ここからは絵は描かなくてサインだけになりますと説明、私は絵を描いてもらえなくなりました。
名前だけ書いていただいたものの、絵を描いてほしいとスタッフに文句を言い並び直したところ、永島慎二さんは、何の絵でもいいですか?と私に尋ね、ええと応えると、犬の絵を描いてくださいました。

さいとう・たかをさんは、ゴルゴ13を描いてくださいました。

中学生の卒業時のことだったと思います。

中学を卒業した春休み、兄の住居の近所にダイナミックプロがあるというので、電話をかけて、永井豪さんに持参した自作のマンガの原稿を見ていただいたことがあるのですが、そのとき、永井豪さんのお兄さんだったと思うのですが、スタッフのかたが、「虹のまちで、この前、サイン会をしましたよ」と言われ、そのことは知らなかったということがありました。

私は現在は贅沢とは無縁な生活です。

はり重でカレー、天牛などの古本屋めぐりは、昔、一緒によくやりましたね。

この前、まんだらけで赤塚不二夫さんの生原稿を買い取ってもらった帰り、近くの店で、すき鍋定食を注文したのが、最近の唯一の贅沢だと言えるでしょうか。

ご飯とみそ汁が、おかわり自由でした。

「宮本むなし」と同様、大きな炊飯ジャーからセルフで茶碗におかわりを入れますが、この店は初回分から自分で茶碗にご飯を入れに行きます。
てんこ盛りに入れましたが、おかわりも貰いました。

みそ汁は、ファミリーレストランのドリンクバーのような機械から出てきます。
初めて見ました。
すき鍋に、みそ汁は必要はないような気もしてきて、こちらはおかわりをしませんでした。

みそ汁、おかり自由の店で、おかわりをしないことも、贅沢なことになるのかな?
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by hitcity | 2014-03-28 21:44 | Comments(5)
3月28日(金曜日)・コメント欄
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★田中一郎さん

近所に駄菓子屋があって、甘納豆のクジがありました。

写真(検索して拝借)のように小さな紙袋に甘納豆が入って貼り付けられていて、ひとつ何円かで購入し、中に当たりクジが入っていたら、上に貼り付けられている大きな紙袋の甘納豆を貰えるというものでした。
私の子供の頃のものは、画像のようなおもちゃなどはなくて、単に甘納豆の入った大小の紙袋だけでした。
ある日、父とその駄菓子屋の店先で、甘納豆クジをひとつずつ、全部、買っていったことがありました。
そういう行為をしている親子を見かけたら、やはり、金持ちのように見えるかもしれませんね?
その甘納豆は、すべて食べました。
のちに甘納豆を食べ過ぎるとアホになると聴きましたが、手遅れでした。

百貨店のマンガ展では、小学校の高学年の時、手塚治虫さんのマンガ教室があって、特設ステージの上の手塚治虫さんから
指名されて、私はステージにあがり、大きな模造紙に、手渡された筆に墨をつけて、1枚には「たかぎ」、1枚には「ひとし」と描き、それを手塚治虫さんが絵にしてくださったことがありました。

「たかぎ」は、ボクシングのノックアウトシーン、「ひとし」は月面基地の絵にしてくださったと記憶しています。

なんば花月で、ジャズ漫画の木川かえるさんが、そのように絵を描いてくれた際は、お客さんは貰えるものでしたが、その百貨店のイベントでは、その前の部で、手塚治虫さんが描いたキャラクターの絵の取り合いになり、今回は貰えないという説明がスタッフからあったような、その絵はもらえませんでした。

その時、父が、スタッフに言ってもらってこようかと言いましたが、私はそういう決まりになったのならしかたがないと思い、もらわないですますことにしました。

手塚治虫さんと私の合作の絵、もらっておけばよかったと後悔しています。

そのときも田中一郎さんがおられたら、その親子のやりとり、どのように御覧になっていたでしょうね?

「わいわいワイド」だったかな?
私も関西テレビの夕方のその番組、観ていました。

視聴者から紙芝居のように描いたマンガを募集して、それがテレビ画面に映されていきましたね。

選者として「週刊少年ジャンプ」の初代編集長の長野規さんが出演されていました。
私の投稿作品を「別冊少年ジャンプ」に載せてくれた人です。

吉沢やすみさんも出演されていた記憶があります。
「ど根性ガエル」の絵のTシャツの視聴者プレゼントがあって、貰った記憶があります。

吉沢やすみさんが百貨店のガラス貼りの公開スタジオでマンガを描いているのを見たこともありました。

それから佐藤まさあきさんの公開スタジオでの制作風景も拝見したことがあります。

旧作の佐藤まさあきさんの貸本マンガを開いて、そのページのコマ割り通り、雑誌用のマンガとして制作されている様子で、佐藤まさあきさんは、ざっとしたアタリを鉛筆で描き、その隣の男性が鉛筆で、しっかりした下描きをかいておられました。
女性キャラクターのペン入れをされている女性がいましたが、川崎三枝子さんだったかもしれません?

佐藤まさあきさんの東考社から文庫本で出ていた自叙伝「劇画私史三十年」では、この時のイベントで、手塚治虫さんと並んでサイン会をされる場面で締めくくられていました。

中学生のとき、テレビに声の出演をされていたのですか。

中学生のとき、同級生が、「仁鶴と遊ぼう」という素人(子供)参加のテレビ番組に出演していて、放送日、家に来てもらって、一緒に、その場面を観ていた記憶があります。
子供たちがどこかのホールのステージ上で、小噺を披露するというものでした。

「コンニャクいつ食う?」「今夜くう」と、同級生は言っていて、テレビでは自分の声とは違うみたいとのことでした。

次の写真は、住吉大社にあるホールでの個人演説会を望遠で撮影したものです(実際は後方の席でもっと遠かったです)。
この区割り案では、田中一郎さんと私の区は同じにならないようですね。
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by hitcity | 2014-03-28 15:30 | Comments(3)
3月27日(木曜日)・コメント欄
★田中一郎さん

百貨店のマンガ展で、水島新司さんの「男アホウ甲子園」のタバコのこげあとのついたため没になった生原稿、連載100回分を描きつづけたというペン軸、黒のマジックインキ、墨汁とポスターカラーの白の瓶入り、いずれも油性マジックによる直筆サイン入り、そうしたセットを教育評論家の阿部進さん(カバゴン)が司会者となって(横に水島新司さんがいて)、オークションが開催され、私が1500円、もうひとりの少年が2000円で残り、カバゴンがジャンケンで決めましょうと言い、私がジャンケンで勝って、カバゴンが「安いほうが勝ってしまったよぉ」とか言っていました。

それでサイフを見たら、お金が足らず(それは自覚していましたが)、そばにいた父に不足分を出してもらったというのが正しい情報です。
父親は傍観者で、手をあげてオークションに参加していたということはないですよ。

そのとき中学生でしたが、20歳を過ぎてからマンガ同人会で知り合った同年齢の女性が、その時、その場にいて、やはり、その場面を記憶しているとのことでした。

「男どアホウ甲子園」のその生原稿は、投手の甲子園が、捕手の豆タンに向かってボールを投げる場面でした。
タバコのこげあとをつけたために没になったものの同じ場面を描きなおされたのだろうと思っていましたが、「男どアホウ甲子園」の単行本で調べてみましたが、そのページと同じ場面はありませんでした。

インターネットのなかった時代、マンガ同人会で知り合った人たちとは直接会うことが多く、我が家にもマンガを描いている人間がやってきて、その度に、その生原稿を見せていました。

ある日、気がついたら、その生原稿はなくなっていました。

初対面のまま会わなくなった人物もいたので、そういう誰かが持ち帰ったのかな?と思ってみたりもしています。

私の中学生当時から現在は物価は3倍ぐらいになっているのではないかなと思っているのですが(初任給や映画料金から換算してみて)、とすると、4500円ぐらいになるのでしょうか?

何枚かプロのマンガ家の生原稿を入手しましたが、最初に手に入れたもので、感激したものです。
by hitcity | 2014-03-27 21:00 | Comments(1)
3月27日(木曜日)・茶屋町のイベント紹介
貸本マンガ家で、「月刊漫画ガロ」で、つげ義春さんとともに尋ね人として呼びかけられ、「月刊漫画ガロ」にマンガを発表されていた九鬼まことさん。
現在は、針金細工の作品を展示発表されている九喜良作さんが、今年も茶屋町の画廊で作品展を開催されるので、案内ハガキを送っていただいていましたが、今日から始ったようです。

●九喜良作鉛筆画&モビール展
http://kukiryosaku.web.fc2.com/special/people_yokoku.html
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近くの梅田ロフトで「あまロス展」が開催されています。

●やっぱり“あまちゃん”が大好き!
 「あまロス展」梅田ロフトで3/7から開催
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=119&id=2783338
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そのあたりの町ぐるみがイベント会場になる「チャリウッド2014」というのも開催されるようで面白そうです。

【若者が集まる街、駅のある街、放送局のある街、昔ながらの大阪の街並みが残る街、梅田茶屋町、鶴野町、中崎町一帯。

「チャリウッド2014」は、この一帯の地元住民や企業、店舗が協力し、街をまるごと“ステージ”として使用する、新しいスタイルの参加回遊型イベント(お祭り)!

メインコンテンツは、「チャリウッド王国 失われた3つの秘宝」。

謎を解きながら街を歩く、体験参加型RPG(ロールプレイングゲーム)。

次々に現れる謎を解いて、失われた3つの秘宝を取り戻し、王国の危機を救おう!】

●街全体を“ステージ”に見立てたイベント『チャリウッド2014』開催
http://www.mbs.jp/challywood2014/

休みの日は、怪奇少女マンガ制作に専念したい気持ちでいるので、仕事のある日、帰宅後、なんとか行くようにしたいとは思っているのですが、どうなることでしょう。
by hitcity | 2014-03-27 20:42 | Comments(0)
コメント欄(長居でポール・マッカートニー)
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★又六さん

映画も余裕がなくて観に行くこともなくて、新作映画の情報にもうとくなり、「ネブラスカ」のことも、何も知りませんでした。
トム・ハンクスが、ウォルト・ディズニーをやっている映画は観たいと思っているのですが。

今日、ポール・マッカートニーが、長居スタジアムでコンサートをすることを知りました。

自転車で10分ほどの場所にあるし、一度は、ポール・マッカートニーは観たい気がしているのですが、映画どころではない高価格です。

長居スタジアムでは、世界陸上の開会式の時、サラ・ブライトマン、宝塚歌劇団アクア5、織田裕二の歌を聴きました。

あと、ジュディ・アンド・マリーのYUKIという女性が国歌斉唱するのを、日韓芸能人サッカー大会の際に聴きました。
マンガ家の望月三起也さんが監督兼選手で出場されるのを目当てに観に行きました。
椎名桔平さんや長江健次さんが出場されていました。

チケットを購入できない場合は、長居スタジアムの外で立ち聴きしようかなと思っています。

5月末の土曜日のことで、同じく5月末の土曜日と日曜日は、帝塚山音楽祭が開催されます。
こちらは、無料です。

このワクの画像は、怪奇少女マンガ制作の資料写真として帝塚山の住宅街を撮影したときのものです。
帝塚山音楽祭が開催される万代池公園に面した家屋です。
上の写真は、昔、テレビ番組「ただいま恋愛中」に出演されていた霊感占いの田中佐和さん宅です。
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by hitcity | 2014-03-27 18:42 | Comments(0)
コメント欄(赤塚不二夫さんの生原稿)
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★田中一郎さん

大和郡山は、赤塚不二夫さんが、少年時代を過ごされたところですね。

深沢七郎さんとの対談で、赤塚不二夫さんが関西の子供と関東の子供の違いを述べていたのが記憶に残っています。
公園で絵を描いている大人がいると、近づいて、何の絵を描いているの?とか、いろいろと話しかけるのが関西の子供で、興味を抱いているのだが遠巻きにその絵を描く大人を眺めているのが関東の子供だとか言っておられました。
実際はどうなのかわかりませんが、なんとなく、そんな感じもあるような(?)。

大和郡山で遊んでいた子供のうちのひとりが、チビ太のモデルだとか、赤塚さんが言っておられた記憶もあります。
ハトのフンを食べさせられていたとか。

赤塚不二夫さんのお母さんの実家の場所はわかっているようです。
次のブログで紹介されていました。

●赤塚不二夫が住んでいた所in大和郡山市♪
http://blogs.yahoo.co.jp/nostalgic_fmy

上の画像は、3月17日の月曜日の休日に、まんだらけで、1万5千円で買い取ってもらった生原稿です。
月末の給料日まで、なんとかそれで持ちこたえています。

中学生の時、大阪の百貨店の漫画展会場でのワゴンセールで入手したものでした。
このようにフエルアルバムに挟んだ状態で販売されていました。

フエルアルバム自体が、こういう便利な商品が発売されたと評判になっていた時代のことだったと記憶しています。

中山美穂さんがテレビに登場した時、中山美保がいるのに~!と思ったものでした。
中山美保さんは、子供の頃から、吉本新喜劇のマドンナとして馴染んでいました。
いまでも、ナカヤマミホといえば、私は、中山美保さんが思い浮かびます。

次の動画の吉本新喜劇は、かなり前のものですが、すでに、お母さん役をされていますね。
現在は、お婆さん役かな?

アルバイトに応募する女性の役を中西きみえさんがやっておられますが、私の広告会社勤務時代、社員が集まって、ときどき行くことのあった北新地のスナックで、吉本新喜劇に出演しながら、夜間はアルバイトをされていて、話をしたこともありました。
私が歌った「山谷ブルース」(岡林信康)をほめてもらったこともありました。
その後、引退されたのだったかと思います。


by hitcity | 2014-03-27 18:39 | Comments(1)
3月26日(水曜日)・コメント欄
「第10回・日本橋ストリートフェスタ」にて撮影。
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★田中一郎さん

都はるみさんが住んでいるところが都ということで、大阪都構想は考えかたを示すのに東京都を引き合いに出すほうがわかりやすいから大阪都とか言っているだけで、もし実現するとしても大阪府のままじゃないかと思うのですが(?)、大阪市がなくなるだけで。

大阪市長選、立候補者の中に大阪市在住者がいなくて、まさしく市民不在の選挙とかツイッターに書いている人がいて面白いと思いました。
豊中市と尼崎市と東京都港区と高知市在住の4人でした。

日曜日、午前4時から正午までの勤務を終えて、自転車による帰り道、投票場に寄ってみましたが、小学校の講堂の投票場、投票しに来ている人間は自分だけだったので、たまげました。
そちらのほうはどうだったでしょうか?

私も購読新聞は、朝日新聞です。
なんか昔から本の紹介記事が多い気がして、現在も、日曜日の読書面を目当てにとっているようなところもあります。
毎日新聞も和田誠さんがイラストを担当されている読書面があって面白そうでしたが。

父親が亡くなってから実家に戻り母親と暮らしていましたが、母親は産経新聞をとっていて、朝日新聞と読み比べるのも面白かったのですが、もうそんな余裕はないですね。

何年か前までは、毎日、コンビニで、日刊スポーツを購入していましたが、そんな余裕もなくなりました。

先週の土曜日、コンビニのスポーツ新聞置き場で、大瀧詠一さんのお別れ会の記事が大きく載っているのを確認して、日刊スポーツ、スポーツニッポン、スポーツ報知を購入しました。
スポーツ新聞を購入するのは久しぶりのことでした。

大瀧詠一さんの奥さんのお話によると、1週間前から大瀧さんは体調不良となり、足腰に力が入らず、「俺、脳が疲れたよ」ともらしておられたそう。
それで、亡くなられる直前、奥さんに向かって「ママ、ありがとう」と大声を発せられたとのこと。
御自分の死期を悟られたのかと気になりました。

新聞は「日刊ゲンダイ」も面白いですね。
よくもまぁ、何事に対しても、ひねくれて考えられるものだなぁと感心してしまいます。

朝日新聞の「ののちゃん」(いしいひさいち)の面白さがわからないでいます。
新聞マンガは、大阪スポーツ(東京スポーツ)の「みこすり半劇場」(岩谷テンホー)が抜群に面白いです。
よくもまぁ、下ネタばかり、よく思いつくなぁと感心してしまいます。
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by hitcity | 2014-03-26 18:20 | Comments(5)
   

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by hitcity
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