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> メモ帳
> 6/3/火曜日【2】ロフトプラスワン・ウエスト「大阪でマンガ」
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手塚治虫さんの逝去のあと、宝塚ホテルで開催された「手塚治虫フォーラム」に、川崎ゆきおさんを誘って行ったことがありました。

中野晴行さんが司会で、石ノ森章太郎さん、藤子不二雄Aさん、鈴木伸一さんたちがパネリストとして出演されていました。

立食パーティののち、有志は、招待券があるというので、手塚治虫記念館まで歩いていくことになり、川崎さんと私も一緒に行くことにしましたが、その道中、母親と奥さんらしきかたと一緒に歩いておられる中野晴行さんがおられたので、「月刊SEМBA」の連載、「手塚治虫と路地裏のマンガたち」を気に入っていたことを伝えると、「月刊SEМBA」からは出入り禁止になったと述べておられた記憶があります。

中野晴行さんの著書は、「手塚治虫と路地裏のマンガたち」「手塚治虫のタカラヅカ」「マンガ産業論」「そうだったのか 手塚治虫」「謎のマンガ家・酒井七馬伝」を読んでいます。

↓酒井七馬さんの絵をスクリーンに映し出されているところです。
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竹内オサムさんのマンガは、高校時代、「あっぷるこあ」というマンガ同人誌で拝見し、キレイなペンタッチと手塚治虫調の絵にしびれたことがありました。
3号ほど出たのでしょうか?
すべて持っていたと思いますが、そのうちの1冊が映し出されていました(シャッターチャンスを逃してしまいました。汗)。

大学の卒論で、手塚治虫さんの「鉄腕アトム」を扱うことにして、手塚治虫さんに会わせてほしいと、連日、電話をかけ、今から来てもらったら、30分だけなら、手塚治虫さんから話を聴くことができるとマネージャーの返事があり、急いで会いに行き、30分の約束だったが、2時間、話を聴かせてもらうこととなったという思い出を語っておられました。
手塚治虫さんは虫プロダクションの債権者会議に出席することになっていたらしく、手塚治虫さんは、それに行きたくなかったから、長時間、相手をしてくれたんだと、今になって思うと言っておられました。

昨年、手塚治虫記念館で、豊田有恒さんの講演を聴きましたが、虫プロのアニメの脚本家であった豊田有恒さんが、何分間だけ打ち合わせの時間がとれると連絡を受け、手塚治虫さんに会いに行ったら、部屋に鍵をかけて2人っきりになり、何分間だけということだったのに、延々と何時間も相手をしてくれることになったと思い出を語っておられましたが、その時も、豊田有恒さんは、手塚治虫さんは債権者会議に行くことになっていて、それに行きたくなかったからだろうと述べておられました。

竹内オサムさんの「手塚治虫論」で、私は、はじめて、「手塚治虫における映画的手法」の本当の意味を理解することができたと思っています。

大阪府立国際児童文学館で、元「少女クラブ」編集者の丸山昭さんと宮本大人さんによるトークショーを拝見しに行った際、竹内オサムさんが客席から参加者の皆さんに挨拶をされるのを拝見したことがありました。

それ以来のことで、長時間のお話を聴くのは今回が初めてのことでした。
「少年ジャンプ」にマンガを投稿したり「月刊漫画ガロ」に持ち込みをした時の体験談などをうかがうことができました。

中野晴行さんも「月刊漫画ガロ」に持ち込みをされたことがあるそうです。
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月刊誌「COM」(1970年2月号)で、川崎ゆきおさんが、漫画同人会「もののけ」の会員募集をしていた時のページが映し出されていました。

中野晴行さんも、当時、漫画同人会に所属されていて、その名前を聴いて、「ああ~、あのときのぉ~、会っている~」とか、川崎さんが言う場面もありました。

日の丸文庫に持ち込みに行ったと川崎さんは言っておられましたが、貸本マンガは発行しなくなった時期とのことでした。
B5サイズの「まんがジャイアンツ」や「まんがサンキュー」「ごん」などを発行されていたころのようですね。

3年前、猟奇王が、映画「大阪物語」の制作会社によって映画化される企画があったが、立ち消えとなったということを知りました。

中野晴行さんが「大阪物語」をフェスティバルゲートの中にある映画館で観たと述べておられましたが、私も、その映画館で、池脇千鶴さんの舞台挨拶つき、2列ほど後ろに池脇さんの両親が座っているという状態で観ました。
映画の中には、盛況時のフェスティバルゲートも映っていました。

途中で休憩がありました。
私もシンドクなってきたので、今日はこのあたりまでにして、休憩させてもらおうと思います。

続きは、明日以降にさせてください。
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by hitcity | 2014-06-05 18:14 | Comments(0)

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