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朝ドラ「半分、青い」
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朝ドラは、ずっと観ていて、つまらなかったら、たまにしか観なくなりますが、この春に始まった「半分、青い」は面白くて、1度も欠かさず観ています。

第1回目から面白くて、引き込まれたのは、「あさが来た」以来のことかな。

ここ何年かは、ツイッターで、当日の放送の感想を人々が書いているのを見るのも楽しみです。

昨日、4月25日(水曜日)の放送についてを、ツイッターの「#半分、青い」で見てみたら、「みうらじゅんが!」「みうらじゅん」「みうらじゅん」ばっかりと言ってみてもいいぐらいに、そのことで盛り上がっていました。

高校3年生の夏休み、幼なじみの同級生の男子から、くらもちふさこさんのマンガを借りて読み続ける生活をヒロインは送ります。
怠惰な夏休みの感じに懐かしさを覚えました。

くらもちふさこさんのマンガの内容も画面に映りますが、このドラマでは、秋月羽織という作者名になっています。

このドラマには「ちばてつや」「手塚治虫」という名前がよく登場していて、手塚治虫さんが亡くなった頃が舞台になっていますが、ヒロインの父親が、「ネオ・ファウスト」が読めなくなったなぁと、手塚治虫さんの絶筆作品について語る場面があったりもしました。

ところが、くらもちふさこさんについては、変名になっています。

少女マンガは読まないので、わからないのですが、同級生の男子がヒロインに、くらもちふさこさんの本を貸す前に、すでに、「#半分、青い」に、「くらもちふさこの世界だ」と書いている人がいたので、あとになって、感心しました。

なぜ変名かと言うと、作品は、くらもちふさこさんのものですが、作者は、豊川悦司さんが演じる秋月羽織というマンガ家だからですね。

上の画像は、初めて秋月羽織が登場した回の最後の場面で、このキャラクターを見て、皆が、「みうらじゅん」「みうらじゅん」と騒ぎだしたわけです。

このドラマのナレーションは、ヒロインの子役時代には登場していたものの、亡くなってしまった、ヒロインの祖母の天の声として、風吹ジュンさんが担当されています。

「しかし、秋月羽織は、このようなエタイの知れないヘンなオッサンであったとは」という風吹ジュンさんの声に対して、テレビカメラ(ナレーター)に向かって「ウン?」と言うトヨエツというのが、上の画像です。

先週には、番組開始、バス停で見つめ合うヒロインと他校の高校生の男子、そのまま、なんの行動もおこさない状態のところ、風吹ジュンさんの祖母のナレーションが、「どうするの、どうなるの」とか言ったあと、あわてて、「イントロが流れてきた~」「星野源が歌いはじめる~」と言うのが、タイトル部分にまで侵入してくる趣向があって、面白かったです。

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上の画像は、トヨエツ演じるマンガ家の秋月羽織の最初の登場シーンです。

マンガはリズムが大切だと、メトロノームのリズムに合わせながら、マンガの構想を練る場面です。

「漫勉」の秋月羽織先生の回を観たくなりました。

今日、ツイッターで、マンガ家の河井克夫さんが、秋月羽織のアシスタントとして出演されていることを書いておられました。

河井克夫さんは、朝ドラの「あまちゃん」の時にも、潮騒のメモリーズのファンの役で出演していると、ツイッターに書いておられた記憶もあります。

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昨日の放送で、高校の卒業後、農協に就職が決まったヒロインに、幼なじみの男子が、マンガを描いてみてはと、勧める場面があり、今日(4月26日)、ヒロインは、スケッチブックに鉛筆でコマ割りをしてマンガを描きはじめました。

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秋月羽織の本を手本にして描いていき、アミのスクリーントーンのコマを見て、点を打ちはじめます。

祖母の風吹ジュンさんのナレーションが、「それは、スクリーントーン!」と言い、スクリーントーンの説明になりました。

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大衆食堂の娘で、店には、マンガの本が置かれていて、ヒロインは、それを見て育ちました。

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店に置かれている本棚ですが、右のほうには、講談社から新書判コミックスで出ていた、ちばてつやさんの「あしたのジョー」(全20巻)と「ハリスの旋風」(全8巻)と続いています。

この棚を見て、驚きました。

私も、すべて揃えて持っているのです。

秋田書店のサンデーコミックスや朝日ソノラマのサンコミックスの手塚治虫作品と、講談社の新書判コミックスの、手塚治虫作品と、ちばてつや作品で、これらの本に馴染んでいました。

小説家の北杜夫さんが、半年に1度は、「あしたのジョー」を読み返すと何かに書いておられましたが、当時は、「少年マガジン」の増刊号としての雑誌版の総集編か、この新書判コミックスでしか読めなかったと思います(掲載誌の「週刊少年マガジン」で読み返すのは、むつかしいでしょう)。

私も繰り返し読み、この新書判コミックスなら、どの巻が、どのあたりの話なのかは記憶しています。
力石徹の死後、矢吹丈が街をうろつく第9巻が特に好きです。

すべて揃えて持っているには違いないのですが、「0マン」(手塚治虫)に関しては、背表紙が赤色だったのでは?と、違う本かなという気がしないでもないです。
「サスケ」(白土三平)と同じ集英社の新書判コミックスで、「サスケ」の背表紙が赤色だったので、そんなことから思い違いをしているのかも?
家のどこかにはありますが、確認はできません。

まぁ、テレビドラマに登場した本棚の本をすべて持っている!という、初体験をしたことには違いないことにしましょう。

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ヒロインの子役時代、小学生の頃、ランドセルの中から母親が取り出した試験の用紙を手にする父親、試験用紙の裏側には、「あしたのジョー」の絵が描かれているのですが、何も見ずに、これだけ描ける小学生とは、たいしたものだなと思います。

「半分、青い」のヒロインには、今までに観た朝ドラの中で、最も親近感を抱いているような気がします。

ヒロインを演じている永野芽郁さんは、映画「パークス」に出ておられましたが、違った雰囲気がありますね。

「漫画雑誌 架空」にマンガを発表されていて、「シカク歌謡祭」の会場でお見かけした、原田ちあきさんに、「半分、青い」の永野芽郁さんの雰囲気が似ているような気がしてみたりもしています。

1週間分の放送を、土曜日の午前9時半から11時まで、まとめて再放送がされていますので、よろしければ、御覧になってください。

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あと、マンガのお勧め情報があります。

コンビニで手にして、パラパラと見ていて興味がわき、「ビッグコミック・スペリオール」(4月27日号)を購入しました。

「スペリオール次世代マンガ大賞」というものの入選作が掲載されているのですが、入選作品の「くるくるくるりん」(冨手優夢)という32ページのマンガが、大傑作の作品であると思うのですが。

次の号が、4月27日の金曜日、明日に出るので、入手困難かもしれませんが、もし、読めることができたら、読んでみてください。
奇妙なマンガです。

あと、4月28日(土曜日)の午後6時からのテレビ番組「ミュージック・フェア」が「大瀧詠一特集」とのことで、楽しみです。

by hitcity | 2018-04-26 19:25 | Comments(0)
映画「ニッポン国vs泉南石綿村」
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●4月1日・日曜日

ツイッターで、九条のシネ・ヌーヴォで、原一男監督と出演されている原告団のかたのトークショーつきで、ドキュメンタリー映画「ニッポン国VS泉南石綿村」の上映があることを知りました。

「ゆきゆきて、神軍」の監督は、一度はナマで拝見したい気がします。

マンガ同人会「もののけ」で交流を持っていたマンガ家の川崎ゆきおさんを誘って、シネ・ヌーヴォが梅田にあった頃、「ゆきゆきて、神軍」を一緒に観に行ったことがありました。

映画の題材にされている奥山謙三さんが自費出版された「宇宙人の聖書」を、収録されている深沢七郎さんの小説「風流夢譚」を目当てに購入したことがありました。

「『風流夢譚』事件以後/編集者の自分史」(中村智子)という本も読んだことがありましたが、幻の小説と言われていました。現在は、ネットで読むことができますね。

マンガ同人会「もののけ」で知り合った屋我平勇さんが東京在住時代、奥山謙三さんが参議院選挙に出馬した際、選挙演説を観に行ったらしいです。

「ニッポン国VS泉南石綿村」については何も知らず、石綿工場の労働者や家族の、石綿による健康被害における訴訟を描いたドキュメンタリー映画ということで、もともと興味があるわけでもなく、3時間35分のドキュメンタリー映画となれば、しんどそうな気もして、どうしようかと迷うところがありましたが、ツイッターで、「ドキュメンタリー界の忠臣蔵」というように書いている人がいて、それならばと観に行く気になったところがありました。

あと、大阪府の南の端のほうの泉南市が舞台ということで、ステレオ写真(立体写真)撮影に熱中していた際には、毎年、写真撮影をしに行っていました。

水着の女性が綱引きをしたり、ボディペインティングをしている写真を撮っていました。

我が家と同じ南海沿線の馴染みのある場所で、大阪だからという興味もありました。
舞台が大阪ではなく、縁のない地域のことだったら、観に行く気にはならなかったようにも思います。

観客は20人ほどだったと思います。
受付にいた男性スタッフが客席をまわり、ひとりずつに、初日2日目のプレゼントですとか言いながら、5×5センチほどのステッカー(シール)を手渡していました。

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国が控訴するかどうか、期限の時刻、11時(午前でしょうね)が近づくのを事務所で待つ弁護士たち。

テレビのニュース番組なら、控訴しましたとアナウンサーが語るひと言だけれど、その状況を映像で見せてもらえるのは、やはり、ドキュメンタリー映画ならではで、観にきてよかったと思いました。

民主党が政権をとっていた頃で、控訴するかどうかの会議が揉め、鳩山由紀夫首相は退席、仙石議員に一任、控訴するという結果になったという情報が、事務所に入り、弁護士が「民主党はダメだ」と言う場面がありました。

自民党が控訴するならわかりますが、自民党に変わって庶民の味方をという立場をとっていたはずなのに、政権を取ると、結局、国側になるのかと、その会議には長妻議員もいたとのことで、テレビ出演の際には、庶民の味方ヅラをしていたのだなと、私も、その場面で、ガッカリしました。

大阪地裁では原告側の勝訴、控訴されて、大阪高裁では敗訴、その裁判長が「みうらじゅん」という名前で、「みうらじゅんはダメだ」「みうらじゅんはヒドイ」とか、みうらじゅん悪口大会になる場面があり、みうらじゅんさんに観てもらいたくなりました。
同姓同名なだけですが。

8年半にわたるドキュメンタリー映画で、皆と談笑していた場面の中、独りの人物の制止画像になり、そこに「◯年○月○日 永眠」という文字が重なるという場面が何度もありました。

さっきまで、映像の中で馴染んでいて、親近感も抱くようになっていた人たちです。

エンドロールが始まる際、そういう人たちの写真が登場、画面に、7人×3列に並べられていきます。

その結果に出た最高裁での勝訴の判決。
ツイッターで、「忠臣蔵」を例に出されたかたの気持ちがわかりました。

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映画は面白くなくてはならないと思うというのが、原一男監督の第一声でした。
私(原監督)のドキュメンタリー映画に作為的なところ、やらせがあるのではと言われるけれど、あくまでも、それは、仕掛けであると言っているとのことでした。

柚木さんという男性が、首相にじかに会って訴えたいと、建白書を持って首相官邸前で、制止する警備員ともめる場面があり、あとで、弁護士から、そこの警備員とやりあったところで何にもならないとたしなめられる場面がありました。

東京での支援集会に行く原告のうちの4人だったかが、新幹線の車両の中で、座席シートを向かい合わせて座っていて、柚岡さんが、建白書という紙を取り出します。
時代劇の直訴状という感じです。

これを持って首相に渡しに首相官邸に向かおうと言い出します。
ひとりの女性は、そんなことをしてもと反対し、ひとりの女性はやろうと言い、やる方向に進んでいきます。

それを新幹線の車中で撮影をする予定にしていたが、まずないことだけれど、原監督は遅刻をして、その原告団の方々は割引料金になるので、いつも東京に行く際には、こだま号を利用していて、原監督は新大阪駅から、のぞみ号に乗り、名古屋駅に先着し、そこから合流、それから撮影をしたとのことでした。

厚生労働省の会議室で、原告団たちが、役人と対面するかたちで、役人に意見を言う場面がありますが、原監督は音声用のマイクを必ず立てるそうで、それでカメラを構えて、両者のテーブルの間を行ったりきたりしているそうで、画面上からは、そうした撮影風景を想像することができませんが、かなり、作りこんでいるように思えました。

厚生労働省の役人はオーディションで選ばれたかと思うような、いかにも役人らしい、悪役への徹しぶりで、撮影の許可をしているということからも、かなりの協力ぶりが伺え、不思議な気がしたりもしました。

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3時間35分の映画ですが、残り1時間ほどになったところで休憩となります。

休憩後に始まる場面は、原監督と柚岡さん、上の写真のおふたりが、シネ・ヌーヴォで、こうして並んで腰をかけて、観客からの質問に答えるという場面でした。

2時間17分の映画としてまとめられて上映をされたことがあって、その時の上映会の様子らしいです。

後半の1時間は一気呵成にという感じで、合計3時間35分、1箇所も退屈なところがなくて、長くも感じませんでした。

面白い映画でした。

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この柚岡さんが、映画の中で激しい行動をとりだすのですが、「ゆきゆきて、神軍」を観て、奥崎謙三さんのキャラクターを途中から目指したのではないかな?と、推測してみたりもしました。
映画の鑑賞者に対してのサービス精神のようなものを感じてみたりもしたのですが。

原告の女性も、おふたり、トークショーに参加されましたが、おひとりのかたは、映画の中で、路上で、マイクを手にして熱弁をされる場面が延々と写されていました。
チャップリンの「独裁者」の演説の場面を連想してみたりもしました。

フランスの記者から「演技がうまいですね」とか言われたそうで、演じていたわけではないと、そのことを気にされている様子でしたが、ドキュメンタリー映画の出演者に対して演技がうまいと言うのは別の意味がある、気にしなくていいと、原監督。

日常的に感情豊かに表現されるかたなのでしょう。

映画館の出口で、挨拶をしてくださり、握手をさせてもらいました。
私と原監督とその女性が並んだところを、シネ・ヌーヴォのスタッフの女性がスマートフォンで写真撮影をしてくださいました。

さっきまで観ていたドキュメンタリー映画の出演者と並んで一緒に写真撮影をするのは、フィクションの映画に出演した女優と並んで写真撮影をすることよりも感動が大きいように思いました。

「ゆきゆきて、神軍」なら、奥崎謙三さんと並んで写真撮影をするようなものですね。

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質問は、独りの男性が、なぜ石綿訴訟のドキュメンタリー映画を撮ろうとしたのかと。

関西テレビで深夜に放送された浦山桐郎監督のドキュメンタリー番組を作り、好評で、関西テレビの夕方のニュース番組で、4ヶ月に一度くらい、10分間ほどのコーナーで、石綿訴訟を継続的に紹介していきたいと依頼を受け、1回目を作ったところ、関西テレビの担当者には不満な出来だったようで、それなら個人で作っていこうということになったとのことでした。

質問者は、そのおひとりだけの様子で、原一男監督が、逆に、客席にいる独りの男性に、この映画、どうでしたかと尋ねていました。
尼崎の石綿訴訟で活動をされていたかたのようです。

「こんなに知っている人がたくさん出ている映画は初めて観たので変な気分」。
「泉南の石綿地域のことが地理的にもっとわかりやすく説明されていたらいいと思った」とのことで、なるほど、そういえはそうだなと思いました。

トークショー終了後、客席に降りた原監督が、その男性に、客の入りが悪いので、なんとか、人が来るようになるいい手だてはないもんですかね?と尋ねておられました。

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原一男監督がサイン会をされるとのことで、売店ロビーで、「ニッポン国VS泉南石綿村」のパンフレットを買おうとしましたが、パンフレットは発行されていないようで、「ニッポン国VS泉南石綿村:制作ノート」という本か「タブーこそを撃て!/原一男と疾走する映画たち」という本がありますとのこと。

「ニッポン国VS泉南石綿村:」は2500円ほどで、「タブーをこそ撃て!」は1800円ほど。

2000円台と1000円台なら、2000円台は高く思え、逆に1000円台は安く思えてしまい、「タブーをこそ撃て!」のほうを購入する。

あとで調べたら、いずれの本も、この3月に出たばかりでした。

「ニッポン国VS泉南石綿村:制作ノート」は、現代書館から刊行されていますが、現代書館からは、1コマ漫画誌「EYEMASK」に論文を連載されている小山昌宏さんが、たくさんの本を出されていますね。

姪の結婚式に出席するため東京に行った際、「EYEMASK」編集発行人の野谷真治さんとともに、小山さんに案内をしていただき、吉祥寺の楳図かずおさん邸(まことちゃんハウス)の前まで連れて行っていただいたことがありました。

「タブーをこそ撃て!」は、キネマ旬報社の刊行です。

かつて、話の特集編集室から刊行された「ゆきゆきて、神軍‐制作ノート+採録シナリオ」を購入したことがあり、やはり、「ゆきゆきて、神軍」に興味があり、こちらの本にしたところもありました。

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シネ・ヌーヴォでは、午前10時40分からの上映後に1時間ほどのトークショーがありましたが、十三(じゅうそう)の第七芸術劇場で、このあと、午後2時頃からの上映のあと、トークショーがあるそうです。

会場の外で、イベント終了後、関係者がウロウロしたり、談笑したり、その雰囲気に、なんだか、懐かしさを感じてみたりもしました。

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by hitcity | 2018-04-24 16:07 | Comments(0)
テレビドラマ「黒井戸殺し」
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●4月14日・土曜日

アガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」を、三谷幸喜さんがテレビドラマに脚本化をされたと、ツイッターで知り、楽しみにしていました。

新聞のテレビ番組欄では、午後7時57分から午後11時10分までになっていて、3時間越えで、録画ではなく、放送時に観て、あとで、録画で、いくつかの場面を観かえしてみたりしました。

小説の「アクロイド殺し」と、歌野正午さんの「葉桜の季節に君を想うということ」は、映像化が不可能だと思っていました。

小説の「アクロイド殺し」は、独りの人物が、事件について綴っていく手記の形態をとっています。

私は、大久保康雄さんの訳の文庫本「アクロイド殺害事件」で読みましたが、解説で、重要なことなのに触れられていない箇所があると書かれていた記憶があります。

殺害現場の椅子の移動について書かれていないとかいうことだったと思います。

そんなこともあって、このミステリー小説は、フェアかアンフェアかと話題になることがあり、私は、そうしたことについて書かれた文章を読み興味を持ち、犯人を知った上で読みました。

映画「アガサ 愛の失踪事件」では、クリスティーを主賓にしたパーティーが開催されていて、参加者が、パーティー会場で、新作の「アクロイド殺し」について、フェアかアンフェアか、語り合う場面もありました。

テレビドラマの場合、殺害現場の椅子を移動させる場合がなくても、フェアかアンフェアなど考えることもなく、あとで、探偵なり犯人なりが、回想シーンとして、椅子を移動させていた場面を入れておけば、それで済み、納得もできました。

映像化不可能だと思っていたのは、小説に忠実に、すべてを順に映像化していくと考えてのことだったのですね。

それでも、「葉桜の季節に君を想うということ」だけは、映像化は無理だと思います。
映像化する方法があったとしても、それでは、原作の面白さとは違ったものになるでしょう。

三谷幸喜さんの脚本によるクリスティー作品のテレビドラマ化は、「オリエント急行殺人事件」に次ぐものですが、「オリエント急行殺人事件」放送時は、前・後編で、前編しか観ていません。

後編は、三谷幸喜さんのオリジナルのようで、筒井康隆さんのブログで、それを観た筒井さんが、「三谷幸喜は天才じゃないのか」とか書かれていて、それを観る前に、原作の小説を読んでおこうという気になり、光文社古典新訳文庫の「オリエント急行殺人事件」を購入しましたが、未読になったままで、録画した後編も観ないままとなっています。

読まないうちに、映画で公開された「オリエント急行殺人事件」を観に行ったりもしましたが。

筒井康隆さんが、文章の修行をする際に、手本にしたと、アンケートで、大久保康雄さんの名前をあげておられたことがあり、ヘミングウェイの小説を大久保さんの訳で読んだりしていましたが、「アクロイド殺害事件」も、それで大久保さんの訳で読んでみたわけです。

気になる箇所があって、あとで、ほかの文庫本の、田村隆一さんと羽田詩津子さんの訳も購入し、何ページかを読み比べたことがありました。

昔は、そうしたヒマなことをやっていて、夢野久作さんの「ドグラ・マグラ」は、東京創元社の文庫本で読みましたが、現代教養文庫、角川文庫、三一書房の「夢野久作全集」を購入し、気になる箇所を読み比べ、現代教養文庫に、「彼女」が「彼」になっている誤植があることを発見しました。

主人公が錯乱している場面で、なかなか気がつかない箇所だと思います。

「夢野久作全集」では、×××と伏せ字になっている箇所は、文庫本では、伏せ字にはなっていませんでした。
平将門が云々とかいう箇所でした。
天皇関係で伏せ字になっていたのかな?

「ドグラ・マグラ」は、沖積舎の箱入りの復刻本を購入し、それで読もうと思ったまま、書庫部屋で行方不明になったままです。

筒井康隆さんの「ロートレック荘殺人事件」は、帯カバーに、「前代未聞の言語トリック」とあり、そのおかげで、冒頭の4ページほどを読み、この小説の趣向は、こうなんなだろうなぁ~と推測したら、その通りでした。

私が読んだ東京創元文庫の「アクロイド殺害事件」でも、本の冒頭の解説文に、そのようなことが書かれていて、私は犯人を知った上で読んでみたのですが、これで気づく人がいるのじゃないか?と思ってみたりもしました。

「アクロイド殺し」をクリスティーが発表したのが1920年ですが、トリック自体には、先行した小説が存在すると、何かの本で読んだ記憶がありましたが、ウィキペディアを見たら、1917年のスウェーデンの小説家のものがあるらしいですが、初めからトリック自体は隠されてはいないとのことで、そうなると、別物のような気がしますね。

私の好きな小説家の谷崎潤一郎さんに、「私」という短編小説があり、「アクロイド殺し」と同様の趣向で、クリスティーより先に発表されていたと何かの解説文で読みましたが、1921年のようですね(?)。

ウィキペディアには、【1921年に谷崎潤一郎が発表した『私』もこのトリックを使っており、その際、芥川龍之介から、イタリアにああいうものがあると言われたとのちに書いている(春寒)が、この作品は特定されていない。】と書かれています。

集英社文庫の「文豪のミステリー小説」に収録されている、久米正雄さんの短編小説「嫌疑」も同趣向だったという、ボンヤリとした記憶がありますが、どうだったかな?
いつの作品なのか、検索してみても、わかりませんでした。

まぁ、同趣向のトリックを思いついたとして、それを作品化する際、どう面白くするかが問題で、このテレビドラマにおける、斎藤由貴さんのキャラクター、クリスティーの場合なら、シェパード医師の姉になりますが、その面白さが重要となってきますね。

今回のテレビドラマで、クリスティーのポアロにあたる、野村萬斎さんの探偵に、初対面の刑事が、「部下が、鬼怒川の事件ではお世話になった」と話しかける場面がありました。

クリスティーなら、「ナイルに死す」にあたるのかもしれませんね。

昔、映画化された「ナイル殺人事件」を観に行きましたが、また、映画化されるようです。

この前、観た新作の「オリエント急行殺人事件」のラストシーンで、ポアロが、「これからナイルに向かう」と言っていました。

三谷幸喜さんによる、鬼怒川温泉を舞台にしたテレビドラマ版も拝見したいものです。

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by hitcity | 2018-04-15 07:21 | Comments(0)
「クロちゃんの最初の思い出」のこと
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2年以上前にはなるかと思いますが、勤務からの帰宅時に、キャッシュカードの入った財布を落としてしまったことがありました。

緊急を要する支払いがあり、しまった!と、その出来事について、ツイッターに書いてみたら、ツイッターでよくやり取りをさせてもらっている東京在住の××××さんから、自分も財布を落として困ったことがあります、いくらかお金を送りましょうかという、ありがたいダイレクトメールをいただいたことがありました。

日頃からツイッターで、経済的に苦しいと、しばしば呟いていたこともあったからだと思います。

身近の人間のおかげで、なんとか、しのぐことができましたが、嬉しい申し出でした。

××××さんについては、「漫画雑誌 架空」に掲載されたマンガを拝読したことがあるという程度で、お会いしたこともなかったのですが、毎日のようにツイッターでコメントを送り合ったりしているうちに親しくなり、××さんが夫と一緒に大阪の「塩崎おとぎ紙芝居博物館」に行こうと思っておられるとのことで、その時に会いましょうというようなやりとりをするようになっていました。

お仕事の都合もあり、東京と大阪と離れていたら、簡単に会うというわけにもいきませんでした。

編集発行人の川勝徳重さんが、同時に発行された「漫画雑誌 架空」の15号と16号を送ってくださいました。
発行日は、2017年5月4日です。

15号には、××××さんの「×××××××××」という15ページのマンガ、16号には、××××さんの「×××××」という21ページのマンガが掲載されていて、いずれも面白いマンガでした。

特に「×××××××××」が気に入りましたが、雑誌の巻頭に掲載されていることからも、川勝徳重さんも感心されたということなのでしょう。

この人には面白い話を作る天賦の才能があるのだろうとか、人間が描けているとか、司馬遼太郎さんが直木賞を受賞された際の選評を思い出してみたりもしました。

計算してやらなくても、自然に面白いマンガを描くことのできる、そんなかたなのではないでしょうか。

ツイッターでは、マンガについては、あまり、やりとりをしませんでしたが、小説についてなど、××さんとは、よく、やりとりをさせてもらっていました。
メールでのやりとりもありました。

昨年の9月のことだと思いますが、同人誌を作りませんかというメールが届きました。

面白いマンガを描く才能のある××××さんが作られる同人誌なら、参加させてほしいなと思いました。

マンガを描くのはしんどいので、同人誌に誘われても、たいてい断ると思うのですが、今回は、やる気が出てきました。

××さんから、原稿料を出すと言われたことがありますが、それはいただかないことにしますが、制作費は、××さんに出していただくことになります。申し訳ありません。

女性の超能力者が主人公のマンガで、貸本マンガ1冊分の描きおろしで描いてみたら面白いかもと思う案がありましたが、いつものように思いつきにとどまっていました。

ほかにマンガの構想の持ち合わせもないし、同人誌には、連載マンガの1回目として描かせてもらおうかなと思いました。

同人誌が続刊されていくのかどうかわかりませんが、ほかにないし、連作シリーズの感じにすればと。

昨年の9月25日に、12ページの絵コンテとしてノートに鉛筆で描いてみました。
タイトルは、「球体の死角」です。

昨年の9月6日に、家族で飼ってから20年近く、私とふたり暮らしになって7年間の猫が亡くなり、このブロクで、亡くなる時のことを書いてみようかなと思ったのですが、その猫のクロちゃんについて書くとなると、亡くなる時からではなく、我が家にやってきた時からのことから書き始めたくなりました。
それで思い出を綴っていくとなると、小説になってしまいます。

それをマンガで描いてみよう、同人誌には、女性超能力者の「球体の死角」ではなく、猫のクロちゃんについてのマンガを描くことにしようと、予定を変更しました。

ブログを絵で描いていく感じで、大橋裕之さんのマンガの絵のようなラフな感じを目指しましたが、それは無理というか、なかなか難しくて、そのように描くことはできませんでした。

しかし、背景を描き込むということはなくて、今回は、早く仕上げることができるなと思いました。

週のうち、5日間は、午前3時から正午まで勤務し、帰宅後は、毎日放送テレビの生放送番組「ちちんぷいぷい」を、午後2時前から午後6時前まで観ていて、マンガは描きません。

週に2日の休日の1日は、朝から映画を観に行き、「ちちんぷいぷい」の放送が始まる前に帰ってきます。

うち1日の休日をマンガ制作にあてますが、明けがたからの午前中だけで持久力がなくなり、「ちちんぷいぷい」の放送が始まると、やめてしまいます。

そんなペースでやっていましたが、ラフな絵なので、11月末には仕上がるだろうと思っていましたが、そうはいかず、正月の5日間の休日で仕上がるだろうと予定をたてましたが、そうもいきませんでした。

猫のクロちゃんと家族との思い出を描いていくわけですが、描いているうちに、新たに思い出すことがあり、すべて伏線になるように思え、追加してみようと、改稿したことが、2度ありました。

4コマ分の追加があれば、パソコンでマンガを描いていた時は、そうしたコマを追加して挟み込むこともラクでしたが、今回は手描きで、切り貼りすることもなく、新たに描きなおすことになりました。

絵コンテは16ページで始めましたが、マンガは18ページで仕上がりました。

提出したあとで自作を読み返していて不備や間違いに気がつき、修正して何度もコピーの原稿を送り直すということを、いつもやっていて、今回は、それはないようにと心がけました。

2月はじめの週に2日の休みで仕上がる感じがありましたが、細かな修正をしていたら、次の休みになり、また翌週、特殊な模様のスクリーントーンを貼り忘れている箇所があり(省略していたのを、省略しないことにしたわけですが)、阿倍野まで路面電車に乗ってスクリーントーンを購入しに翌週になって向かうとか、そんなこんなで、今日で仕上がる、今日で仕上がると、2月は映画も観に行かず、休日には、すべてマンガ制作に取りかかっていましたが、結局、2月の終わり、27日になってしまいました。

2月27日・火曜日の休日に、住吉大社前の郵便局で、クリアファイルに原稿を入れて、ゆうパックで送りましたが、3日後から料金があがるというポスターがありました。
それには、間に合ったわけです。

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ICの漫画原稿用紙の投稿用サイズ(270×180センチ)に描きました。

全体としては「クロちゃんのこと」というタイトルのつもりですが、今回の分は、「クロちゃんの最初の思い出」というタイトルをつけました。

当初の女性超能力者の「球体の死角」の絵コンテを読み返してみて、それにしなくてよかったと思いました。

単行本1作の長さを分割して、その第1話として提出する訳ですが、長い構想があって、その最初の部分ですよと見てもらったところで、その長い構想の内容を知っているのは自分だけで、関係のない1回目限りの読者にとっては物足りないことになったでしょう。

読み返してみて、スカスカだと思いました。
構想段階ではあった、伏線になるエピソードが、抜けていたことにも気がつきました。
描くのがややこしくて、自然に避けてしまっていたようです。

貸本マンガ1冊分として読めば面白いかもと構想したマンガは、やはり、そのかたちで描くべきでしたね。

「クロちゃんの最初の思い出」は、ブログ漫画でもあるので、あまり、そうしたことを考えなくてもいいようです。

クロちゃんや家族との思い出で、はっきりと覚えていることを絵にしていったわけですが、そのマンガを読み返してみたら、簡略な絵なのに、現実の思い出の映像が、はっきりと見えてきます。

ビデオ撮影をしていませんでしたが、マンガを読んでいたら、ビデオ鑑賞をしているような気分に浸れます。

しかし、これは私だけに限定されたことで、読者のかたには関係のないことです。

自分だけのためのマンガのような気がしてきて、このあとのことは、思い出すままに、ノートに鉛筆で描いていこうかなという気になってみたりしました。

ペン入れして原稿に仕上げるのは、やはり大変だなと、つくづく、思ってみたりもしましたし。

××××さんは、創作意欲が旺盛な様子で、何作もマンガを描かれていて、うち1作は「漫画雑誌 架空」に提出、同人誌用には別のマンガを描くという感じでやっていけるかただと、ツイッターからの印象があり、私のマンガの提出が遅くなっても、××さんは勝手にやっていけるので、気にしないでいいと思うこともありました。

そもそも、締め切り日があれば、参加を表明しなかったし、ゆっくりと取りかかることができて、ありがたかったです。

××さんとのメールでのやりとり、たまにかかってくる××さんとの電話でのやりとりでも、締め切りなしなので、ゆっくりとできることは確認していたのですが、参加者自体、現段階では、××さんと私だけのようで、参加者を探さなくてはいけなくて、これから始めるということになると思います。

参加者のことなど、すべてのことは、××さんにお任せして、私はマンガ提出者として関わっているだけですが、私のほうでも参加者を見つけられたらと、このブロクで参加者を募集してみようかなと、電話で話してみたりもしました。

もし、興味がおありのかたがおられましたら、××さんの連絡先をお知らせしますので、このブログのコメント欄に、非公式ででも連絡をしてください。

よろしくお願い致します。

by hitcity | 2018-04-12 14:07 | Comments(2)
「堺のオダサク展」「東郷青児展」
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●4月10日の火曜日の休日

午前10時6分に、最寄り駅、阪堺電車の細井川駅から、路面電車の新型車両に乗る。

いつもは、北向きの天王寺方面への電車に乗っていて、何年ぶりかの南向きの堺方面。

宿院駅には、午前10時22分に到着。

阪堺電車は、一律料金の210円。

「さかい利晶の杜」には初めて来ましたが、駅前にありました。

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「さかい利晶の杜」は、1階の「千利休茶の湯館」(常設)、2階の企画室の「堺のオダサク」(2月24日~4月15日)、2階の「与謝野晶子記念館」(常設)と観てまわって、観覧料は、300円。

「千利休茶の湯館」で、今年観た映画「嘘八百」の撮影をされていました。

オダサクは、「定本・織田作之助全集」(全8巻)も持っている好きな小説家です。
8巻目の途中まで読んだところで見失っています。
今年は2階の書庫部屋の整理をするつもりなので、出てきたら、読了してみます。
初期の短編は繰り返し読んでいます。

「堺のオダサク」は、単行本20冊ほど、同人誌3冊ほど、ハガキ2枚、草稿3枚、家計簿2冊、日記1冊、トンビコート、ステッキとか、小規模な展示ですが、拝見できて嬉しいです。

何年か前、大阪歴史博物館で大規模な「織田作之助展」があって、何時間もかかって拝見、くらくらになった記憶があります。
その時に、たっぷりと観ていました。

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午前10時30分頃に入館して、午前11時頃に退館しました。

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午前11時7分、宿院駅で天王寺行きに乗りましたが、新型車両で、行きに乗った電車が、終点の浜寺公園前駅から、折り返し戻ってきたように思います。同じ電車でしょう。

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車内には、「文豪ストレイドッグス」の絵が飾られています。

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勤務していた広告会社が廃業したあと、堺市にある編集プロダクションでアルバイトをしたことがありましたが、そこが入っている建物の前を通過するので、写真撮影をしました。

最初に、この編集プロダクションを訪ねた際、玄関ドアの上に、このブログにコメントをくださっている、昔から付き合いのある田中平吉さん(松宮くん)が描いた社長の似顔絵イラストが貼られていたので、驚いたものです。

かつて発行されていた月刊誌の表紙イラストを田中平吉さんは担当されていて、バックナンバーが揃っていました。

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我が家の最寄り駅を通過して、そのまま、終点の天王寺駅前駅まで。

あべの地下センターの「膳や」で食事。

「あべのハルカス美術館」で、2月16日~4月15日開催、入場料1300円の「生誕120年/東郷青児/夢と現(うつつ)の女たち」を観る。

小説家の回想録や交友録に、よく登場されている画家で、その興味から、観ておきたくなりました。

絵は、貸本マンガの表紙みたいな印象で、油絵としてよりも、マンガ家やイラストレーターの絵を楽しむという印象が強いですね。

陰影をつけて立体的に描いているのに、平板な、アミ柄や格子柄のスクリーントーンを、ペタッと貼ったような絵が、いくつかあり、面白い。

絵を描かれた表紙の雑誌の展示、小説の挿し絵として描かれたモノクロのペン画、そうしたものを見るほうが、油絵よりも楽しめました。

装丁を担当された本も何冊か展示されていて、私が好きな小説家の谷崎潤一郎さんの「卍」や「アヴェ・マリア」を見ることができて、嬉しかったです。

ほかにデザインを担当された本の何冊かは、横尾忠則さんを連想させるような斬新な印象のあるものでした。

古賀春江さんと共同で制作された演劇の舞台デザインの写真や、京都会館の大きなビルの壁画の制作において、遠方から双眼鏡と無線を使って、スタッフに指示をしている写真があり、そのタレント性にも、横尾忠則さんと通じるものがあるような気がしました。

百貨店の食堂の壁画なども、いくつか描かれているようでした。

百貨店の紙袋の絵や、様々な企業の広告の絵も、多数、担当されているようでした。

下の画像は、検索して、拝借したものですが、タイル会社の広告として制作されたものも展示されていました。

そうしたものに起用されるのも、横尾忠則さんっぽいというか、人気があったかただということが伺えました。

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午後0時15分から、午後1時5分まで、わりと、あっさりと観た展覧会でした。

どこにも寄らず、まっすぐ帰宅しました。

by hitcity | 2018-04-11 16:52 | Comments(2)
「太陽の塔」内部公開「70年万博収集資料展」
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●4月3日の火曜日の休日

午前3時から正午までの勤務で、午前1時30分に起きる毎日で、休日も同じように、その時間に目が醒める。

日曜日に録画していた読売テレビの「そこまで言って委員会」、橋下徹、舛添要一、若狭勝の各氏がゲスト出演しているのを観たりする。

午前3時頃から、1コマ漫画誌「EYEMASK」の原稿、1コマ漫画、3点、3ページ、ホワイト修正、スクリーントーン貼りをする。

午前4時50分頃になって、近所のセブンイレブンまで、縮小コピーをとりに行き、それを原稿とする。
編集発行人の野谷真治さん宛に手紙を書き同封する。

袋麺の日清ラ王(味噌ラーメン)を食べる。

午前9時30分に家を出ようとしていたが、スマートフォンの充電ができていなくて、午前9時50分頃、充電が80%になったところで家を出て、住吉大社の鳥居前の郵便局のポストに、「EYEMASK」の原稿を入れたレターパック・ライトの封筒を入れる。

南海電車の住吉大社駅を午前10時ちょうど発の電車に乗り、ナンバまで。
210円。

いつもは電車の中で、スマートフォンでツイッターを見たり、このブログの文字入力(それを一時保存)したりするのだけれど、写真を撮りまくるつもりなので、電力を消費しないように、本を読むことにする。

新潮新書の「笑福亭鶴瓶論」(戸部田誠)を最初から。

地下鉄・御堂筋線のナンバ駅で午前10時18分の電車に乗り、終点の千里中央駅に到着したのは、午前10時50分。
420円。

千里中央駅で何か食べるつもりでいたが、万博記念公園駅の待ち合わせ時間は、午前11時15分で、余裕がない。
ローソンで、おにぎりセットとお茶を購入し、モノレールに乗る。

千里中央駅から、午前11時5分のモノレールに乗って、2駅目が、万博記念公園駅。
250円。

改札を出て、でじまるさんと会ったのは、午前11時13分。

でじまるさんは、地下鉄・堺筋線で、山田駅からモノレールに乗ったそうで、山田駅の手前が千里中央駅。

1時間ほど前に、山田駅に着き、ショッピングセンターをうろついておられたらしい。

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万博記念公園には、桜の木が多く植えられていて、その下の芝生に花見客が賑わっている。

ステレオ写真(立体写真)撮影に熱中していた頃、マンガを描いている若い女性が主宰している写真サークルに入っていたことがあり、そのグループで、万博記念公園で花見をしたことがありました。若い女性が多かった。

でじまるさんと屋我平勇さんとは、関西ステレオ写真同好会や大阪手作りカメラ倶楽部に一緒に参加していて、なんらかの集会で会ったり、写真撮影会に行ったり、ひんぱんに会っていました。

でじまるさんのコスプレ関係の知り合いの女性にモデルになってもらって、万博記念公園の中で撮影会をしたこともありました。

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1月に、テレビ番組「ちちんぷいぷい」で、太陽の塔の内部公開の受付が始まったことを知りました。

スマートフォンで、予約の専用のサイトを見てみました。

内部公開は、3月19日から始まりますが、土曜・日曜の予約は、何ヵ月かの、かなり先まで埋まっていましたが、平日は、3月は埋まっているものの、4月からは、あいています。

勤務が日曜と火曜が休みなので、一番早い火曜日の予約をすることにしました。

4月3日の火曜日で、時間は、30分ごとで、午後1時や2時は予約が埋まっていましたが、正午の分はあいていました。

代表者ひとりの名前で、6名まで予約をとることができるので、でじまるさんと屋我さんの分と、3名の予約をしました。
おふたりは、平日の都合がつきますし。

その時は、春休みだということに思い至りませんでしたが、モノレールに乗ってみて、子供たちが多く賑わっていて、春休みなんだなと実感しました。

予約をした1月に、このブログに、太陽の塔の内部公開の予約3人分をとったことは書いていましたが、でじまるさんに、待ち合わせ場所についての電話連絡をしたのは、5日前になってからです。

屋我さんには、何度、電話をかけても、呼び出すものの返答はなく、でじまるさんに頼んでみても、同じことのようでした。

ブログにそのことを書いたら、屋我さんと同じく、「月刊漫画ガロ」や「漫画雑誌 架空」にマンガを発表されている、まどの一哉さんが、ツイッターのダイレクトメールで、屋我さんに伝えてくださったようですが、屋我さんからの連絡はありませんでした。

でじまるさんと2人で行くことになるかと思いましたが、当日の朝の7時57分に、屋我さんに電話をかけると、留守番電話になっていたので、「万博記念公園駅に午前11時15分に来てください」と吹き込んでみました。

そろそろ出かけようと思っていた午前9時36分、いま目が醒めたところだという屋我さんから、まどのさんからのメールも届いていて、何事なのかと電話があり、太陽の塔の内部公開に今から行くと説明、屋我さんは、行けたら行くとのことで、待ち合わせの時間に電話をかけると伝えました。

午前11時15分に、屋我さんに電話をかけると、モノレールに乗って向かっているとのこと。

太陽の塔の裏側に20分前に来るようにとホームページに書いてあると、でじまるさんから聴いたので、そこまで来てくださいと伝えました。

太陽の塔の裏側で、おにぎりセットを食べました。

屋我さんがやって来られ、受付に着いたのは、午前11時45分。

20分前にというのは、万博公園の入園料250円とは別に、太陽の塔の内部見学料700円が必要で、受付で、予約をして入手したQRコードをスマートフォンの画面で提示、申し込み者の私が身分証明書(運転免許証)を提示し、確認ののち、チケット販売となる手間が必要だからですが、30分ごとに20人の参加のようで、並ぶこともなく、すぐに済み、間に合いました。

申し込み者の入館券には、「入館時刻 12時00分から12時30分まで」と印字されて、太陽の塔の内部の写真が印刷されていますが、同伴者の入館券は、白地に太陽の塔のロゴの入ったシオリのようなものでした。

太陽の塔に入る前の待機する場所に、万博の開催時に、太陽の塔のあった、お祭り広場の地下に広がるスペースに展示されていた中から、いくつかのオブジェが、まとめて置かれていました。

万博には、3回行きましたが、太陽の塔の内部に入らなかったのは、その地下のスペースを見てまわるのに時間がかかるという噂を聴き、敬遠したという、ボンヤリとした記憶があります。

太陽の塔の内部を見学してみて、その地下の広大なスペースをまわったあと、やっと、クライマックスに達したというか、連載マンガの最終回にたどりついたという感慨があったのだろうなぁ~と、当時の人々の気持ちを想像してみました。

太陽の塔の右腕の内部には、非常階段が続き、左腕の内部には、現在は鉄骨しかありませんが、左腕の先からの脱出に向かうエスカレーターがあったそうです。

お祭り広場に立っていた太陽の塔の胸あたりに2層になった屋根があり、その下の層(天井裏の感じ)に、太陽の塔の腕の先がつながっていて、人々は、そこから出ていったわけですが、解放感があったことでしょう。

腕の長さは20メートルだそうですが、右腕の非常階段を歩く体験もしてみたいなと思いましたが、往復することは考えてはおられず、独り分の幅しかなく、20人の参加者で往復する体験は、時間がいくらかかるかわからず、無理な話ですね。

20人を前半10人、後半10人と、ざっと分けて、若い女性ふたり、若い男性ひとりが、各地で、説明をしてくれます。

太陽の塔の内部には、1本の木がそびえ立っていて、その木には、33種類の生物のオブジェが乗ったり飾られたりしています。

万博当時は、いくつかの箇所が動いていたとのことで、その箇所を説明したパネルの展示もありました。

頭が動いたというゴリラ1体は、修復せずに、長い年月で傷んだままの姿を、内部の機械とともに見せていました。

かなりきつい傾斜の階段が、底辺から上部に向かって、いくつか延びていて、そこを歩いていきます。

階段の両サイドには透明ガラスがありますが、上から下を覗く際、平衡感覚がおかしくなり、怖く感じるところもありました。

万博当時は、この階段はエスカレーターだったそうで、現在、あべのHoopのエスカレーターは、両サイドが、ここの透明ガラスのようになっていますが、百貨店のエスカレーターのように、両サイド、何もないのが普通の時代ではなかったのかな?と、万博当時は、このガラスはなかったのですか?と、若い女性のスタッフに尋ねましたが、わからないとのことでした。

急な階段だけとなると、両サイド、ガラス張りにしないと危険きわまりないので、今回の内部公開のためにガラスを設置したのかなと思うのですが。

説明文のパネルなど、当時のものだそうで、懐かしいゴシック書体でした。

太陽の塔の内部には、昭和の懐かしい喫茶店の内部のような雰囲気を感じました。

左腕からの脱出はなく、螺旋階段ふうに降りていきました。
10階あたりから、1階ずつの表示がされていました。

下にたどりついたら、グッズ売場がありましたが、内部見学の予約をしていなくても、この売場には入ることができるようでした。

内部の存在するオブジェとは、太陽の塔は、楽しい存在だなと思いました。

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テントのような屋根のある広いフードコートがあって、そこで、ロングポテトフライやタコヤキを食べながら、3人で話をして過ごしました。

屋我さんから、「漫画雑誌 架空」の現・編集発行人の川勝徳重さんの父親が、太陽の塔の制作に関わっておられたと聴きました。
屋我さんは情報通だなと、しばしば、感心させられます。

1昨日の日曜日の休日に、九条のシネ・ヌーヴォで、原一男監督や出演者によるトークショーのある「ニッポン国vs泉南石綿村」を観に行ったと言うと、シネ・ヌーヴォによく行っておられる屋我さんが、「行ったんかいな」と言い、3月に何かを観に行った際、近くにある「座・九条」の前で、淀川さんぽさんの奥さんの神原くみ子さんと偶然に会い、そこで上演された、神原くみ子さんの作・演出の芝居を観た話になりました。

私が10代の頃に、屋我さんが所属していたマンガ同人会「もののけ」の会員募集を、「月刊漫画ガロ」に「猟奇王」などのマンガを発表されていた伊丹市在住の川崎ゆきおさんが、「ガロ」の読者のページでされて、その川崎さんの住所に手紙を書いて、川崎さんや屋我さんと会うことになりました。

マンガを描く人間以外に、川崎さんのファンからの連絡もあり、大阪駅前の、現在はヒルトンホテルがある場所にあった「喫茶オメガ」での雑談の会に発展していき、それで、マンガは描いておられない、でじまるさんも参加されるようになりました。

「月刊漫画ガロ」にマンガを発表されている川崎ゆきおさんや屋我平勇さんの先輩にあたる淀川さんぽさんと交流を持たれていたので、淀川さんぽさんも、その雑談の会に参加されるようになりました。

この日、屋我さんから、若い頃に、淀川さんぽさんの父親の紹介で、川崎さんと一緒にアルバイトをした話を伺いました。

「ガロ」の編集発行人の長井勝一さんの回想録「ガロ編集長」(ちくま文庫になっています)に、「ガロ」に投稿されて入選したマンガで最も完成度が高かったと、淀川さんぽさんについて書かれていました。

川崎さんや屋我さん、でじまるさんは、私より4~5歳、年上で、さんぽさんは、更にそこから3歳ほど上で、私は中学生時代に、「ガロ」で淀川さんぽさんの作品に触れていましたが、さんぽさんのマンガが、「少年サンデー」の増刊号に掲載されたのも見ていました。

淀川さんぽさんから、山上たつひこさんが「週刊少年マガジン」に連載されていた「光る風」の、便所の汲み取り口から脱出をはかる場面の背景を手伝ったと聴いたことがありましたが、山上たつひこさんが「週刊少年サンデー」に連載されていた「旅立て!ひらりん」の指名手配書の貼られた壁に、読めるか読めないかというような小さな書き文字で、「淀川さんぽは」云々と長文が落書きされているコマがありました。

朝日ソノラマ発行のサンコミックスの「旅立て!ひらりん」には、そのまま収録されていましたが、双葉社の「山上たつひこ選集」では、その落書きは削除されていました。

川崎ゆきおさんの初期のマンガの背景に小さく「淀川ちんぽ」と書かれているコマもあったと記憶しています。

天王寺の喫茶店のドアの絵をペンキで淀川さんぽさんが描いたという噂を聴き、高校生の頃、観に行ったこともありました。

月刊誌「美術手帖」で、劇画の特集があり、別冊付録に、平田弘史さんや淀川さんぽさんのマンガが掲載され、そのマンガに写真を粗い網掛けにする指定を多く使い、その製版代に、20万円かかったと、出版社から言われたと、さんぽさんから聴いたこともありました。

当時の20万円だとすると、高すぎるような気がして、10万円だったかなと思いもしますが、記憶では、そうなっています。

「ぴあ」より先に発行されていて、日本初のタウン情報誌と呼ばれている「プレイガイドジャーナル」の創刊号の表紙の絵も、淀川さんぽさんが描かれていましたが、それは、発行時には見ていませんでした。

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「ガロ」の川崎ゆきおさんの「漫画同人会もののけ」の募集を見て参加されたかたに、このブログにコメントをくださっている田中平吉さん、その正体は私と同年齢の松宮くんですが、松宮くんが「プレイガイドジャーナル」の編集部に4コマ漫画の持ち込みをした際、川崎ゆきおさんと知り合いだと言うと、住所を教えてほしいと言われ、教えたところ、川崎ゆきおさんの最初の単行本「猟奇王」が、プレイガイドジャーナル社から刊行されたと、松宮くんから聴いたこともありました。

松宮くんは、淀川さんぽさんから便利に使われていて、ミニコミ誌を発行すると言えば、タイトル文字のレタリングをされたりしていました。

淀川さんぽさんが、つげ義春さんのマンガ「枯野の宿」を8ミリフィルムによるアニメーション映画にするということで、松宮さんが、淀川さんぽさんの指示を受けて、講談社漫画文庫の「枯野の宿」の模写をしているのを、さんぽさん宅に見学しに行ったことがありますが、さんぽさんと松宮さんだけでは大変だなぁと思ったものですが、それは完成しなかったようです。

その「枯野の宿」のアニメ化の許可を得るために、さんぽさんが、手紙を、つげ義春さんに送るというので、自分が触れたものを、つげ義春さんも触れるのかと、その封筒をポストに入れさせてもらったこともありました。

淀川さんぽさんは、引っ越し祝いとして、置時計だったか柱時計だったかを、つげ義春さん宅に持って行ったとのことで、そのお礼の、つげ義春さんからの手紙を見せてもらったこともありました。

淀川さんぽさんは才能があるのだから、もっとマンガを描いてください、同じ関西には川崎ゆきおさんもいますね、というようなことが書かれていました。

「小説現代」に連載されて単行本化もされた「つげ義春日記」には、その日のことなのでしょう、淀川さんぽさんが来宅し、大きな声で芸術について熱弁をふるうので閉口した、というようなことが書かれていました。

「喫茶オメガ」で雑談の会をしていましたが、淀川さんぽさんが大きな声で独りで喋りまくるので、たまには静かに語り合おうと、さんぽさんには、その集まりのことを内緒にし、別の喫茶店、川崎ゆきおさんのマンガに登場する「喫茶プラネ」(現在は、まんだらけ大阪店のある阪急東通り商店街の入口、地下街の泉の広場をあがったあたりにありました)で集まることにしたという思い出話を、でじまるさんがされました。

「喫茶プラネ」の入口を淀川さんぽさんが入ってきて、「見つけたでぇ~、驚いたやろ」と言ったことを、はっきりと覚えておられるとのことですが、私は、そんなこともあったような気がするなぁ~程度の記憶しかありません。

なぜ、内緒にしていた、その「喫茶プラネ」での集会のことを、淀川さんぽさんが知ったのかが、長年の謎であったが、当時は、携帯電話もメールのない時代、例えば待ち合わせなどをしたあと、予定が変更になったりした際、家の固定電話にかけて、家族のかたに伝言を頼んだりしたものですが、誰かが、さんぽさんの母親に何か喋ったことから推理して、さんぽさんは、その集会のことを知り得たのだろうと、でじまるさんは言っておられました。

淀川さんぽさんと、日本のポルノ映画の3本立てを観に行ったことがありました。
うち1作が、佐藤まさあきさんのマンガ「堕靡泥の星」の実写化映画で、それを観るのが目当てでした。
鈴木則文監督の「堕靡泥の星・美少女狩り」です。

登場する肉体労働者が、いかにも佐藤まさあき作品のようだと、さんぽさんは言っておられました。

あと、天王寺野外音楽堂での、大がかりな焚き火や、生きている馬が登場する小劇団の芝居を一緒に観に行ったこともありました。

小劇団のメンバーが、プロの役者の男性から、演技の指導を受けるのを、さんぽさんと、さんぽさんの知り合い数人と私とで受けに行ったこともありました。

淀川さんぽさんが監督する8ミリフィルム映画の出演を頼まれて、梅田新道の歩道橋を女性と手をつないで走ったり、道頓堀の戎橋の上で、女性と抱擁をしたりしました。

多くの歌謡曲を付けたサイレント映画で、セリフはありませんでした。

「喫茶オメガ」で上映されましたが、数年後に、再編集をしたのを、さんぽさん宅で観せてもらいましたが、私が登場している場面は、すべてカットされていました。主演なのに。

まぁ、そのほうが、いいのですが(笑)。

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淀川さんぽさんの「ガロの時代」というマンガが、目録雑誌「まんだらけ」に連載されていたことがありました。
みやわき心太郎さんの「漫画熱」や辰巳ヨシヒロさんの「劇画漂流」より前の、目録雑誌「まんだらけ」の初期の号だったと思います。

「喫茶オメガ」での、この8ミリフィルム映画の上映会の日のことが描かれていましたが、私の出演した映画のことは、なかったことになっていました。

淀川さんぽさんの「ガロの時代」が連載されていた目録雑誌「まんだらけ」には、奥さんの神原くみ子さんの回想録が連載もされていました。

神原くみ子さんが、作・演出をされて、淀川さんぽさんが出演されている芝居を、扇町ミュージアムまで観に行ったことがありました。

なんばCITYホールというところで開催されていた「小演劇展」というイベントで、神原くみ子さんが、日本舞踊をされるのを観たこともありました。

淀川さんぼさんと御夫妻として、服部緑地で、大阪在住時代の、まどの一哉さんと会ったこともありましたが、神原くみ子さんと個人的にお話したことはありませんでした。

屋我さんが、「座・九条」で神原くみ子さんと偶然に会った際、20年ぶりだったそうですが、私は、それ以上に、おふたりにお会いしていないことになります。

万博記念公園の桜並木を遠目に眺めながら、昨年の3月に、お亡くなりになられた、淀川さんぽさんを偲ぶことになりました。

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フードコートでは、午後0時40分から午後1時55分まで話していました。

国立民族学資料館で、3月から5月に開催されている「70年万博収集資料展」の看板があり、屋我さんが、民族学博物館には前から行きたかったので、行こうと言われました。

でじまるさんも私も行く予定にはしていませんでしたが、ここまで観に来るとしたら大変ですし、太陽の塔の内部見学券の展示で、入場料が、420円が350円になるそうで、民俗学博物館は目の前に見えた場所にありますし、行ってみることにしました。

「70年万博収集資料展」の会場に向かおうとすると、屋我さんが行きたかったのは、無料の常設展のほうだということでしたが、常設展なら、いつでも行けるので、こちらのほうに行きたいと、頼んでみました。

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万博で公開するために、1年間に、世界中で収集した約2500点の民俗資料の中から、約650点が展示されています。

木製の農機具や楽器、衣服や、人形、仮面などが展示されていますが、収集スタッフからの手紙やパスポートなども展示されています。

謄写版刷りの、万博反対団体による声明文まで展示されていました。

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ひさうちみちおさん。泉谷しげるさん。

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「収集者によると、岡本太郎は、この像について、太平洋では昔から岡本太郎のマネをしていたんだな、と述べたとされる。」

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2階には、仮面ばかりが大量に展示されています。

「大(Oh!)水木しげる展」にも、こうした仮面を展示しているコーナーがありましたね。

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写真撮影禁止の展覧会では、展示物や説明文をできるだけ記憶しておこうと、鑑賞するのに時間がかかってしまいますが、写真撮影可能となると、あとで、それで確認すればいいと、そそくさと写真を撮ってまわりました。

ほとんど全部を写真撮影しました。

屋我さんは、これと決めた数点の前で、じっくりとカメラで撮影をされているようでした。

仮面のそれぞれに、タイトルが添えられていましたが、「霊」や「神」という文字が、ほとんどと言ってもいいような多さでした。

死者の霊を呼ぶ儀式の際などに付けられていた仮面なのでしょうか。

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でじまるさんや屋我さんより先に、2階の仮面展示の会場から出て、出口の手前のスペースに来ました。

タマゴ型の白い紙がたくさんと、鉛筆やクレパスなどがテーブルの上に置かれています。

壁には、来場者が、ここのテーブルで描かれた紙が、ズラリと展示されています。

見てみると、5枚や10枚、重ねられています。
かなりの数になりますね。

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私も、鉛筆で、そそくさと、数秒という感じで、顔の絵を描きました。
この写真の中央です。

裏には、メッセージを書くようになっていますが、そそくさと、面白かったですとのみ、無記名で書きました。

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でじまるさんが、近くまでやってきて、1枚の絵を手にして、裏面の文章を読み、「こういうことを書いている人がおるで」と、私に、その文章を見せました。

飼っていた黒トラ猫が亡くなり、寂しくて飼った黒猫も歳をとり、介護しているという文章が、黒猫の顔の絵の裏面に書かれていました。

私も長年、黒猫を飼っていて、その猫が、昨年の9月に亡くなり、この悲しみが、果たして、癒される日がくるのだろうか?と思い、長年、飼っていた2匹のウサギを亡くした経験を持つ、でじまるさんに、泣きながら、電話をかけて話したことがありました。

亡くなる前に、1週間ほど、黒猫の姿を見なくなり、不安になり、その時にも、でじまるさんに電話をし、色々とお話を伺いたいと、会うことになり、会う日には、猫は戻ってきていましたが、その際、屋我さんにも来てもらい、九条シカクという同人誌販売の店に一緒に行きました。

昨年の8月のことですが、今日、会うのは、それ以来のことです。
人と待ち合わせをするのも、私は、それ以来のことになりますね。

そんなことがあったので、でじまるさんは、私の立っている場所の近くに、黒猫の絵を見つけ、私に、それを見せようとしたのでした。

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書かれた人の名前を見たら、「神原くみ子」。

驚きました!

淀川さんぽさんの奥さんじゃないですか!

書かれた日付は、1昨日の日曜日です。

何かの抽選で大当たりをしたように興奮して、近くにいる女性のスタッフのかたに、「これだけある中で、1枚だけ、めくってみたら、知り合いが書いたものだったんですよ!」と言いました。

その女性は、「そんなことも、あるんですね~!」と言い、そのあと、同じ室内にいる男性のスタッフに、そのことを伝えておられました。

掲げられた、たくさんの絵を、何枚もめくっていき、名前を見ていくうちに、その中に知り合いがいることはあるかもしれませんが、1枚だけをめくってみたところ、知り合いだったということは、そうは、あることではないでしょう。

ミステリー小説だったら、私以外の人間が、私を驚かせようと組んでみたというトリックもありえるでしょう。

でじまるさんが、黒猫の絵を私に見せるという計画として、例えば、会場で、「ここに、こんなんがあるで~」と、私を呼ぶことになるでしょうが、私が、たまたま立っていた場所のそばに、その絵があり、たまたま、でじまるさんの目についたという自然な展開でした。

常設展に行くつもりの屋我さんに、こちらの企画展のほうを観たいと言ったのは私で、でじまるさんも屋我さんも、ここに行こうと言ってはいなかったので、計画されたものではありませんね。

それに、私を驚かせるために、そのような計画を立てても、何の得にもなりませんし。

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屋我さんもやって来られ、驚いておられました。

さっきまで冷静に写真を撮られていた屋我さんも、興奮気味に、神原くみ子さんの御名前の写真を撮っておられました。

表を向けて掲げられた絵は、写真撮影をしたものを、このブログに載せさせてもらってもいいかなとは思うものの、裏向けになっている個人的なことについて書かれた文章は載せるわけにはいかないでしょう。

でも、その御名前の部分をお見せしないことには、信じてもらえないような気もします。

スマートフォンでの写真の加工の方法も知らず、面倒なので、知ろうと思うこともなかったけれど、なんとか、御名前の部分だけ、お見せしたい。

それで、なんとか、検索してみた結果、スマートフォンの写真を、指でなぞれば、なぞったところが、ぼやけてくる無料アプリを入手しました。

淀川さんぽさんには、色々と教えてもらったものですが、そんなアプリがあるということを、また、教えてもらったような気がします。

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「70年万博収集資料展」の会場にいたのは、午後2時25分から午後3時30分の間でした。

万博記念公園を出る際に、スマートフォンの充電が切れてしまいました。
写真撮影ができず、スマートフォンで写真の時刻表示で確認することができませんが、家に着いたのは、午後5時30分あたりになっていたかもしれません。

逆方向の大阪空港方面へのモノレールに乗る屋我さんと、万博記念公園駅のホームで別れ、でじまるさんと私は次の山田駅で下車。
200円。行きより50円安い。

地下鉄・堺筋線の山田駅から天下茶屋方面に向かいます。
私は、恵美須町駅で下車。
往路のナンバ駅から千里中央駅までより30円高い450円。

でじまるさんは、次の動物園前駅で地下鉄を乗り換えて帰られたようです。

恵美須町駅から阪堺電車(路面電車)で帰宅。
210円。

淀川さんぽさんに内緒にしていたのに、「喫茶プラネ」の集会に、さんぽさんがやって来たときの、でじまるさんの思い出話を聴いていて、ボンヤリとした記憶しかありませんでしたが、「喫茶プラネ」に入ってきて、「見つけたでぇ~、驚いたやろ」と言っていた、淀川さんぽさんの、皆を睨みながら笑っていた表情が、はっきりと記憶に、帰りの電車の中で、よみがえってきました。

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by hitcity | 2018-04-07 20:22 | Comments(2)
屋我さんと連絡がつかず。
4月3日の火曜日(私の勤務の休日)、正午からの「太陽の塔・内部公開」の予約を3人分、1月にとっていて、でじまるさんとは電話連絡をとれているのだけれど、屋我平勇さんに、何度、電話をかけても繋がらない。

屋我さんはツイッターをされていて、ダイレクトメールを送ろうとしたが、こちらは屋我さんをフォローしているのだけれど、屋我さんは私をフォローしていなくて、その場合、ダイレクトメールを送ることかできないらしい。

前にはフォローをしてもらっていたのだけれど、以前、お会いした際に、フォローを外したと言われたことがある。
あまりに、いつも、しょうむないことを書いているからだろう。

明後日の4月3日の火曜日、モノレールの万博記念公園前駅で、午前11時15分に、でじまるさんと待ち合わせとなっています。

もし、このブログに目がとまりましたら、行けるかどうかの御連絡をいただけますと、ありがたいです。

万博記念公園の入園料250円に、内部見学料の700円が必要となります。

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上の写真は、今日、4月1日の日曜日の休日、九条の「シネ・ヌーヴォ」まで、映画「ニッポン国VS泉南石綿村」の上映と、原一男監督や出演者のトークショーを観に行った際に撮ったものです。

面白い映画でした。
3時間35分のドキュメンタリー映画ということで、しんどいかも?と、行くのを迷っていましたが、退屈する場面が、ひとつもありませんでした。
観に行ってよかったです。
いずれ詳しく書かせてもらいます。

写真の右側の手前に「シネ・ヌーヴォ」があり、向こうに、「座・九条」という劇場が見えますが、屋我さんのツイッターに、「シネ・ヌーヴォ」に映画を観に行った際、その「座・九条」の前で「月刊漫画ガロ」出身のマンガ家の淀川さんぽさんの奥さんと偶然に会い、その劇場で、奥さんの作・演出の芝居を観られたと、3月13日に書いておられました。

昔、奥さんの作・演出の芝居に淀川さんぽさんが出演されるのを、「扇町ミュージアム」まで観に行ったことがありました。

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1コマ漫画誌「EYEMASK」の締め切りが、3月末で、1コマ漫画3点の途中まで描いていたのを、今日の午前3時頃から着手し、仕上げました。
3コマ、3ページです。

原稿依頼は、3~4ページで、アイデアの有無、見開き2ページの1コマ漫画の有無、そんなことで、3ページになったり、4ページになったりします。

あと1ページ、今回の1コマ漫画に関連しているアメリカの1コマ漫画についての解説のようなことを書こうかという気になったりもしていました。

ないほうがいいような気もしてきて、思案中です。
少しお待ち願えたらと思っています。

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by hitcity | 2018-04-01 17:46 | Comments(0)
   

高木ひとしのブログです。ツイッターもやっています(高木ひとし@ hithitcity )。連絡事項のあるかたは非公開チェックのうえコメント欄を利用していただくかツイッターでお願い致します。
by hitcity
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